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札幌高等裁判所 昭和25年(う)151号 判決 1950年6月07日

被告人

下天摩睦

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人河俣良介の控訴趣意第一点について。

原審が認定した事実は「被告人は昭和二十四年十月三十一日夕方頃空知郡富良野本通クロネコ事岡崎三郞方で千百円相当の飲食をなし乍ら其の代金を支払わず立去つたので無銭飲食として訴えを受けた富良野警察署勤務巡査宮里忠良は被告人の所在を捜索し同日午後六時頃富良野駅に停車中の旭川行客車に乘つてゐる被告人を発見し取調べの為下車同行を求めたところ被告人は同巡査が職務の執行として右の処置に出て居ることを知り乍ら之を拒んで右手掌で同巡査の下腹部を突き或はその左股を蹴り上げる等の暴行を加え同巡査の正当な職務の執行を妨害した」というのであつて弁護人は宮里巡査は当初被告人に任意同行を求めたが之を拒否したので緊急逮捕に着手したところ被告人がなおも之に抗拒し其の反動で被告人の手足が同巡査の身体に強く触れたという事案であるが本件に於ては緊急逮捕の要件たる罪を犯したことを疑うに足る充分な理由もなく又急速をも要しなかつたのであるから宮里巡査の逮捕は適法な職務行為ではない、従つて公務執行妨害罪に所謂公務の執行とはいえないから被告人が同巡査に暴行を加えたとしても公務執行妨害罪は成立しないというのである。そして宮里忠良の司法警察員に対する第一囘供述調査によると宮里巡査は原判決の説示してゐるような経緯から当初被告人に対し無銭飲食の詐欺被疑事件につき取調べの為任意同行を求めたところ拒否したので緊急逮捕に着手し即時被告人を車中で取おさえ同行しようとしたことは弁護人のいうとおりであるが被告人はなおも抗拒し故らに判示の如き暴行に及んだものであつて抗拒した際その反動として同巡査の身体に被告人の手足が強く触れたという事実ではない。よつて宮里巡査の右行為がその職務執行として適法なものであつたか否かについて按ずるに(一)五十嵐千枝子の司法警察員に対する第一囘供述調書、(二)藤田ケイ子の司法警察員に対する第一囘供述調書、(三)宮里忠良の司法警察員に対する供述調書の各記載によると被告人は当日午後五時半頃判示飲食店へ行つて酒肴を註文し、代金千百円相当の飲食物を提供せしめ女給に代金を請求せられるや拾円札十一、二枚を出してまけてくれと言い勿論これは断わられたがすると被告人はその金を自分のポケツトにおさめて便所へ行き連れの男と二人で何か話していた、その際進駐軍の兵士が乘つてきたトラツクを同店前でとめ店へ入つて来そうになつたので被告人に飲食物を提供した係りの女給藤田ケイ子等は恐ろしがつて茶の間に引込み女給五十嵐千枝子だけが店に居たところへ二名の兵士が入つて来たのであるが兵士が入ると間もなく被告人は連れの男と共に代金を支払わずに逃走した、それで早速女給の一人は被告人を探しに出かけ他の一人は富良野駅前巡査派出所へ行き同所勤務の宮里忠良巡査に右の事実を届け出たので同巡査は詐欺被疑事案として直ちに女給と共に被告人を探したところやがて発車しようとする判示列車に乘込んでいたのを発見し事案につき質問したが被告人は事実を否認し言動も乱暴なので充分取調べる必要もあり前に説明した通り当初任意同行を求めたが拒否したので緊急逮捕をなす旨告げて逮捕に着手するに至つたことが認められる。以上の事実によると被告人は長期三年以上の懲役にあたる詐欺罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があるし且つ急速を要し裁判官の逮捕状を求めることも出来ない場合であるといえるからその理由を告げてなした同巡査の右行為は緊急逮捕として適法な職務執行行為というべきである。なお宮里巡査が結局被告人を逮捕同行しなかつたことはそのとおりであるけれどもそれは同巡査の司法警察員に対する第一囘供述調書の記載によつて明かな如く被告人が同巡査に判示のような暴行を加えて頑強にその執行を拒みそのうちに列車が発車した為中止の已むなきに至つたからでかかる事由によつて執行を中止したことから直ちに急速を要しなかつた場合だという結論にはならないし又緊急逮捕の要件が具わつている場合でも任意同行を求め被疑者が之に応じたときは緊急逮捕をなすに及ばないことも言う迄もない。原判決には何等法令の解釈、適用を誤つた点はない。

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